握らないおにぎりの店に変えた理由とその結果

「握らないおにぎり」それは、それまで僕がおにぎり屋として何千何万何十万個というおにぎりを事業者として握るなかで辿り着いた”もの”。

さて、この握らないおにぎりが誕生した背景には、大きく2つの理由があります。1つは別のセクションでもお伝えしている通りオペレーション上の都合です。

曲がりなりにも事業としておにぎり屋をやっていたわけですから、オペレーションの考えなしに商品としてのおにぎりを作ることは出来ません。

もう1つの理由が、端的に言うと「商品としての提供価値」を変えたかったからです。

普通のおにぎりに飽きてしまった

おにぎり屋を開業して5年の月日が経ったころ、僕は「おにぎり屋」としてものすごく葛藤を抱えていました。

日本人なら誰もがご存じの通り、一般的な「おにぎり」というのは、ご飯の真ん中に具材がちょこんと入っているもので。具材のおいしさというよりはご飯の美味しさを強調させます。中に入っている具材はご飯を引き立てる脇役と言った位置づけでしょうか。

塩おにぎりなんかはそのことを物語っている代表的なもので。芦屋雁之助氏演じる(最近の人だと塚地武雅氏かな)山下清を題材に描いた「裸の大将」という映画の中で、一際目立っていたのが「塩おむすび」をなんともうまそうに頬張るシーンです。

そのイメージが強かったこともあってか、僕の頭の中にも「おにぎりはうまい米(ご飯)を食らうものだ」「具材はあくまでも米のうまさを引き立たせる脇役でしかない」といった認識が僕のなかにも染みついていたわけです。

もちろん、それはそれで納得と言うか満足してはいましたが。同時に何か物足りなさを感じている自分がいたのです。

「昔ながら(伝統)にこだわり過ぎてる感じがするなー」

生まれつき物事に飽きやすい性格もあってか、一般的なおにぎりに飽きている自分がいると同時に、もっと「おにぎり」というものに対してクリエイティブな発想を持ちたいと意識している自分もいたのです。

たまに食べるのであればそういった感覚にはならなかったと思いますが、職業上おにぎり屋だし。やはり毎日のように「おにぎり」を食べる機会があったからか、どうしようもなかったのかもしれません(笑)

当時は、あくまで既存のおにぎりの概念を壊したいという想いが強く、伝統的なおにぎり作りを更に磨いていこうといった想いは微塵もありませんでした。

何より当時は事業者としても未熟なわけですから、具材は脇役でメインはご飯といった既存のおにぎりにそれなりの売価を提示することなんて恐れ多く。基本的に価値というモノを目に見える原価でしか考えられなかったわけで。

そうやって毎日のように葛藤を抱いていたとある日、ある一つのアイディアに出会ってしまったのです。

既存の概念に囚われるな

当時は、運営していたおにぎり屋が定休日のときも、店舗に行っては朝から晩まで仕事をしていました。

仕込みや事務作業など何かしらの仕事をしながら、腹が減ったら店にある食材でお腹を満たします。

だいたいはこんな感じ(↓の写真)で、お椀に海苔を敷いて残ったご飯をお椀についで、そのご飯の上にそのとき食べたい具材を1品チョイスします。

ご飯はもちろん前日に残ったご飯をレンジでチンしたものです。

具材の味を確認することに加えて、お金の節約にもなるので一石二鳥で。そうやっていつものように食事をしていたとき、ふとあることが頭を過ったのです。

「これをそのまま提供しても面白いんじゃなかろうか」

「でもおにぎり屋だしな」

「おにぎり屋か・・・なんかおにぎり屋という言葉に縛られ過ぎてはいないか?」

「もっとニュートラルに考えてもいいんじゃないだろうか」

などと考えているうちに、自分の中で何かがハジけてしまったんです。

「そうか、そのちょうど中間ぐらいがちょうどいいじゃん」

「小さな丼ぶり」と「おにぎり」のちょうど中間。

このとき閃いたのが

「小さな丼ぶりを片手で食べる」

という欲深しい一つのアイディアだったのです。

「そや、これをそのまま握ったろ!」

そう思った瞬間、椅子から立ち上がりそのまま試作品をこしらえていました。

⇩これが

⇩こうなります

⇩これが

⇩こうなります

出来上がった「おにぎり」を目の前にしながら、「このおにぎりでいきたいなー」という誘惑が襲ってきます。

「今来てくれてるお客さんはこれ(小さな丼を片手で食べる発想)じゃないやろなー」

分かってはいても、

「既存のおにぎり概念に囚われるな」

「自分のやりたいことをやれ」

そう誘惑してくるもう一人の自分がいます。

「よし、これでいこう」ものの数分で決心をして、このアイディアを形にする作業が始まりました。海苔の巻き方や大きさの変更、具材の量、ご飯の量、どのバランスが一番おいしいのか色んな割合を試しながら、お腹をパンパンにしながら試作品を食べ続けました。

米感の強いおにぎりではなく、もっとこう食事的な位置づけの「おにぎり」を描いていたので、ご飯の美味しさではなく具材の美味しさを強調しました。なので、「ちょっと味が濃いな」と感じた具材に関しては、一から作り直して味を調整しました。

こんな感じが一週間くらい続いて、なんとか自分の納得できる「おにぎり」、「握らないおにぎり」が完成したのです。

そしてその勢いのまま、それまでやっていた既存のおにぎりを提供するスタイルを一気に変えることになったわけです。「小さなどんぶりを片手で食べる」というアイディアが生まれてから、わずか1週間後のことです。

お客さんのタイプが変わった

別のセクションでもお伝えしている通り、そのとき働いてくれていたスタッフの方には一般的なおにぎりを握ってもらっていたため、スタッフの方それぞれで握力が違うものだから、握りが均一ではありませんでした。

一応「こうやってほしい」「ここはこうしてほしい」という握り方を伝授してはいたのですが、僕の訓え方が下手なのかそれとも僕自身が分かってなかったのか、なかなか思うようなおにぎりに仕上がっておらず、そこが悩みの種となっていました。

事実、

「ちょっと最近のおにぎり硬くなったよね」

当時の常連さんに指摘されることも多かったので、事業者としての存亡危機も感じていたほど。そこで、この「握らないおにぎり」を採用したことで、誰が握ってもそれほど差がないおにぎりが作れることになったのです。

属人的でもなく機械的でもない、その中間に位置するおにぎりがこの「握らないおにぎり」であり。オペレーション的には申し分ありませんでした。ただ…

当初提供していたおにぎりよりも若干(総量で20グラム程)ボリュームが出るため、もちろん賛否もありました。

「なんかはっきり変わったよね」

「前の方が食べやすくて良かったよね」

そういった声ももちろん多くなり、来店するお客さんのタイプも変わっていきました。ですが、

「これでいく!」

どうせあの当時のまま既存のおにぎり屋のスタイルを変えることが出来なければ、事業として継続できないこともおおかた理解していたわけで。それ以降おにぎり屋を潰してしまうまで、この「握らないおにぎりの店」でいこうと覚悟を決めていたのです。もちろん、握らないおにぎりを商品に据えた際、おにぎりの売価は上げました。

誤解のないようにお伝えしておきますが、この「握らないおにぎり」これはこれでこのおにぎりを好き好んで食べられる方は普通におられました。

この「握らないおにぎり」だからこそ新たにお客さんになってくれた方もいらっしゃったわけで。その点ははっきりと認識しています。