おにぎり屋を潰すまでの最後1年間、とくにこの期間に多くの借金を重ねました。この期間だけでざっと200万円は借りていると思います。その理由は多店舗展開です。
結果的に失敗に終わった多店舗経営への挑戦。いかんせん、やっぱり計画も立てていない状態では何をやっても上手くいかないのであります。
目の前に現れたかっこいい経営者たち
僕がおにぎり屋を潰す1年半ほど前、その頃から毎月に1度東京に足を運んでいました。理由は店舗経営について学ぶためです。
その会場では、同じように店舗経営について学ぶために全国各地から様々な業種業態の経営者の方が集まってきていました。
僕と同じような小規模のお店の経営者から、地元で名のあるお店を経営されている中小規模の経営体を持つ経営者の方たち。中には年商30億円規模の経営者の方まで、ともに肩を並べて一緒に店舗経営について学びます。
さすが中小規模になると、一店舗ではなく多店舗に展開されていて、当時は「かっこいいなー」と思っていたものです。
思えば、このとき中小規模の経営者の方達が皆口々に言っていた言葉をしっかり受け止められていたなら、先の借金を背負うことはなかったのかもしれません。
「多店舗展開はしんどいよ、これから目指すんはやめとけ!」
「今のまま、小さいままでええよ。一店舗だけやったら、やり方さえ間違えんかったら全然食っていけるから。」
「人を沢山雇うても、これからはしんどくなるよ。」
このときは、「みんな謙遜してさすがやな」と感心していましたが。あのときの言葉はみな本心で、本気で僕のためを思って言うてくれてたんやなーと、今ではそう思います。
その証拠に、ともに学んでいた経営者の方が経営されていた当時5店舗程展開されていたお店。その方と会うことがなくなってから3年後、全店舗閉業するといったことをネットニュースで知りました。当時年商30億円あった売上のメイン事業だったお店を全店舗閉業したのです。
その社長は、当時から「これからは中食が伸びてくる」「人をようけ抱えるんやったら物販化した方がマネジメントしやすい。飲食店は難しくなってくる」そのように言っていた記憶があり。当時、数億円かけて中食需要に対応するための工場を建設している最中でした。
そのような方たちと共に方を並べて学ぶ機会があったのに。現場で起きていることを直に聞いていたのに。当時の僕はというと、時代の流れに逆行して「さあ、多店舗展開だ!おにぎり屋のチェーン展開だ!」と、一人意気込んでいたのです。
ただひとつ、言い分けを言わせていただくならば。当時の僕は自分のやっているおにぎり屋の目指す場所、目指すべきゴールが分からないまま日々の営業を続けていました。
ゴールの見えないマラソン程辛いものはないように、おにぎり屋を営業していく上で、自分は一体何を目指していけばいいのか分からなくなっていたのです。そんなときに、目の前に多店舗展開をしている経営者の方達が現れたのだから感化されるのは仕方なかったのだと思います。
とまあ、言い訳がましくなりましたが。この東京出張で出会った経営者がたの影響を受け、次第に僕は多店舗展開を意識し始めたわけです。
自分の給与は取らず、とにかく試行錯誤
多店舗展開を目指すうえで、まずはじめにやったことは人を雇うことです。嘘のように聞こえるかもしれませんが、計画を立てるより前に人を雇うことを考えたのです。
「プロトタイプとなる店を作らなければ」と、ざっくりとした考えが頭の中にあっただけで。まずはとにかく自分がいなくても店が回る仕組みを作ろうと。当時自分がしていた業務、特に自分じゃなくても誰がやっても差が出ないであろう業務を厳選し、その業務を代わりにやってくれるスタッフの方を雇い入れることを急ぎました。

普通は売上予測を立てたり、使える人件費はこのくらいだとか、利益はこれくらい残るなとか。そうやってある程度やっていけると思われる計画を立てた上でなければ、一体いくら人件費に使ってもいいか分からない状態で人を雇い始めるなど狂気の沙汰としか思えません。
でも、当時の僕はそれを平気な顔してやってのけました。正直クルッていたんだと思います。
業務の生産性は多少なりとは考慮しました。自分のやっていた業務をそのまま分割して、スタッフ2人で回せるようにと考えたわけです。もちろんそのためには、新しく雇い入れたスタッフの方達に支払う給与が必要です。
それまでは、自分一人で営業していて月の給与(所得)として約20万円ほど確保できていたのですが。貯金などはなく、そのままでは実行に移すことが出来ません。
税金も滞納していたので、金融機関からの借り入れに頼ることも出来ません。ということで、身内に助けを求めます。
「頼む親父。50万円貸してくれんやろか。店を大きくしていくために人を雇いたいんや」
言いたいことは山ほどあったろうに、何も言わずに翌日用意してくれました。おかげさまで、スタッフは募集すると同時にすぐに決まりました。
ただ、今まで一人でやっていたわけで。厨房の動線から何までオンオペ仕様だったため、いざ2人で回そうとすると厨房内が動きずらく。厨房のレイアウトも2オペ仕様に変えるために20万円ほど設備費として掛かることになりました。このころからでしょうか。少しづつ、計画の重要性を認識し始めたのは…。
それからなんとか1ヵ月程で業務の7割はスタッフの方たちだけで回る様になりましたが、そこから思うようにスタッフを追加した分の費用を賄えるだけの売上は上がらず。運営資金(ほぼ人件費)として100万円ほど追加で借りることになります。
担当の税理士さんからは、
「これだけ売上はあるんだから、とにかく人を減らそう。事情を説明したらみんな分かってくれます」
そう忠告していただきましたが、
「いや、これでダメだったら店自体を諦めます。もう後に引くつもりはないです」
それまでが目的なく店を営業していたこともあり、ダメだったら諦めようと、どちらにせよ前に進もうと決心していたため。自分の給与は一切取らず、とにかく試行錯誤して売上をあげようと策を練り続けました。
結婚して子供が二人もいる旦那が毎月家にお金を入れなかったらと思うと・・・。とにかく、この頃は奥さんに申し訳なさ過ぎて、情けなさ過ぎて、家に帰るのが本当に辛かったのを覚えています。
俺がやってたのは経営じゃなかった
結局、最後の最後まで思ったような売上は上がらず、用意した資金も底をつき始めました。
自分以外の人でも誰でも握れるようにと、開店当初から続けていた握り方も変え。メニューや価格などほぼすべてを変えたこともあり、開業当初から常連さんだった方も自ずと来られる頻度も少なくなっていきました。
もちろん、それは想定してやったことなので悔いはありませんでしたし、変えてから常連になった方もいましたし、後悔は微塵もありません。
でも、重要なのはそんなことではなく。色々試行錯誤しながら経営について学んでいくうち、「目指せ多店舗展開!」当初の意気込みは、少しずつなくなっていったのです。
自分なりに経営について様々なことを学び、事業について何かを知っていくなかで。
「今までよく店をやってきたなー」
自分への労いと、
「結局俺がやってたのは経営じゃなかった」
という恥ずかしさというか。
「何が多店舗展開じゃ、経営のケの字も知らないで」
今までおにぎり屋をやってきた6年間を振り返り、どれだけ自分が甘かったのかを思い知らされてしまったわけです。
実際、このときの1年間でものすごい量のアウトプットとインプットを繰り返したことで、「経営」というものが何なのかということを随分知り得ることが出来たと思っています。
もちろん、そのエネルギーとなったのは先にもお伝えしたように「店舗経営を学ぶ会」で出会った経営者の方たちです。その方達に追いつけ追い越せではないですが、あの環境に身を寄せられたことで、「経営」というものを真剣に考えるきっかけとなったからです。
お店をたたもうと最終的に判断できたのも、当時目の前にあったおにぎり屋の明るい未来を描くことが出来なかったからです。
当時の経営状況では、その後どんなに事業計画を練ったとしても、数字的に好転させることは不可能だと判断できたからです。そう思えたのも、やはりあのときの経営者の方達との出会いがあったからこそ、店舗経営について学ぶことができたからこそ。
そうでなければ、もしかしたら今でも、経営などとは口が裂けても呼べないお店の運営をダラダラと続けていたかもしれません。
結果的に、借金というカタチで高い授業料を払うことになりましたが、あの時の経験はそれだけの価値は十分あったと思っています。あのときの社長がたが僕に掛けてくれた言葉は、今本当に身にしみて感じます。
そう、今は中途半端なチェーン店ほど本当にしんどくなっているように感じるからです。
