美味しいおにぎりを食べるためにはそれ相応のお米の品種、並びに生産地、いわゆるブランド米を使うことこそが重要な要素である。おにぎり屋を開業してあの日の出来事に出会うまでの人生の中で、僕はそう信じていたのです。
「新潟県産こしひかり」なんかが良い例で。どこどこの地域で育成された○○という品種だからこそ美味しい。だからこそ値が張るのは当たり前。原価を掛けなければ美味しいお米は手に入らない。価格の高いお米を使わなければ美味しいおにぎりを提供することはできない。ずっとそのように認識していたわけですが。あの日の出来事をきっかけに、そのようなお米に対する認識は綺麗さっぱりと崩れていったのです。
このセクションでは、元おにぎり屋であり、元お米屋でもある僕が「お米のおいしさ」を語ると同時におにぎり屋としてブランド米を使うことが正解だったのか?ひいてはおにぎり屋として選ばれるためには何が大切だったかをお伝えします。
地元のお米屋さんとの出会い
おにぎり屋を始める際、新潟産こしひかり、山形県産はえぬき、秋田県産あきたこまち等々。一般に、広く知られているお米だから間違いないとばかりに、お米屋さんにそれらブランド米をサンプル納品してもらい食べ比べてみる。
「なるほどちょっと粘り気があるなー」「ちょっと甘さが足りないなー」「冷めたら味が薄くなるような」様々なお米を試食して最終的に選んだお米は、山形から取り寄せた「はえぬき」という品種のお米です。
山形では毎年、品質等級で特Aが出るほど有名なお米であり。当時試食をしたときも「必要以上に粘り気がなく、おにぎりに最適(美味しい)だなこれは」そう感じて、「はえぬき」を扱うことにしたわけです。
それから1年ほど「うちのお店は山形産の特A米・はえぬきを使用しています」そうやって、ひとつのこだわりとして「当店はブランド米を使っています!」を前面に出しながら営業していたわけですが。あるとき、知人を通じて紹介された地元のお米屋さんとの出会いがきっかけとなり、それまでの認識が変わることになります。
そのお米屋さんから話を聞くと。扱っているお米はすべて地元のもの、その方自身が直接農家さんから仕入れたものだけを扱っているというのです。その後もお米の話で盛り上がり、後日そのお米屋さんが扱っているお米の試食をさせていただくことになりました。
さあどんな感じだろうかと一口食べてみると、「えっ、普通に美味いじゃん!」率直にそう感じました。冷めた状態のものを食べても「普通に美味い!」聞けば、僕らの地元愛媛で育てられたお米で「ひのひかり」という品種だそうで。元をたどれば「こしひかり」から派生したお米だと言います。値段にしても、当時使用していた「はえぬき」よりも1キロ当たり130円も安価だと。それでいて普通に美味しい。
「地元のお米も普通に美味しいじゃん!」ブランド米こそが美味しいと思っていた固定観念が見事に崩れ、それ以降はそれまで使っていた「はえぬき」をやめ、地元愛媛で生産された「ひのひかり」を扱うことになったのです。
変わらず通い続けてくれた常連さん
地元産の「ひのひかり」を使い始めてから、いったい何人のお客さんが不満を抱いたか。結果から言えば、ほぼゼロです。いや、それからも通ってくれているというだけでそう判断したわけなので、もしかすると不満を抱いていた方もいるかもしれません。ただ、当時の感覚から判断した結果としては、扱うお米を変えたことが理由で来なくなったお客さんはいませんでした。地元産のお米に変えてからも、変わらず「美味しい」と通い続けてくれたお客さんばかりだったのです。
このとき、僕は初めて「お客さんが通ってくれてる理由」というものを真剣に分析したのだと記憶しています。つまりは事業者として考えられるようになったとでもいいましょうか、自分のお店の常連さんが足繁く通ってくれていた理由は、そもそもお米の品種や生産地を重要視していなかったのだと判断したのです。
そのことについては、また別のセクションにてお伝えしておりますが。扱っていたお米が「はえぬき」だったから通い続けてくれていたわけではないということ。それは間違いのない事実だったのです。
“おいしさ”とは何なのか?
余談ですが、僕はおにぎり屋を廃業したあと、このときお世話になったお米屋さんで6年ほどお世話になりました。生産者へのお米買い付けから始まり、卸売あるいは自社精米して小売配送とすべての業務を経験。一般の方よりは”お米”の業界に詳しくなったわけです。その中で、僕がおにぎり屋当時にしてもらった「お米の試食会」も何回か実施する機会がありました。
僕「これが新潟産のこしひかりです。食べてみてください」
お客さん「(一口パクッ)おーやっぱりうまい!さすがに違いますねー!」
僕「それ、実は愛媛県産のあきたこまちというお米です(ニヤリ)」
お客さん「・・・」
試食会をした場合、100%このような流れになります。ハッキリ言ってお米の品種を当てられる方など多くの方にはできませんでした。ただし、冷めたご飯を食べて「おいしい」「おいしくない」の判断は多くの方に出来たのは事実で。美味しいご飯は冷めたときに「味がする(甘みと香りがする)」、美味しくないご飯は冷めたときに「味がしない」。あとは「粘り気があるかないか」これは多くの方に判断が出来ました。僕はそのことを身をもって体感したのです。しかも、生産の裏側を知ると品種だけが「美味しいお米」を作っているのではないということがより理解できます。
同じ地域であっても、水質や土質が異なり日射量も変わるわけで。その田んぼに合った品種でなければ上手に育つことが出来ません。品種を変えた翌年、以前までなかった倒伏が目立ち品質が低下することだってざらにあります。極めつけは、生産者自身の本気度や力量によってお米の品質はいかようにも変わってくるわけです。
さらに、”おいしさ”とは、情報によって左右される部分も多分にあります。「新潟産のこしひかり」という情報を予め耳に入れることによって「おいしさ」は変化します。いや、認識が変化するといったほうが的を得ているかもしれません。
例えばこんなこともありました。僕があるときおいしい唐揚げ屋を見つけて「あの唐揚げ屋おいしかったよ!今度行ってみ!」と言うと「その鶏肉の産地ってどこ?」という返しがすかさず飛んできたのです。なるほど、そもそも食材の産地が分からなければ、口にも入れないという方も一定程度存在しているわけです。その人にとっては「自分の認めていない産地=おいしくない」ということになります。”おいしさ”は純粋な味だけではない、という場面にはそれ以降も頻繁に出会いました。ラーメンの一蘭さんなんかは「情報=おいしさ」を活用していて有名なお店の1つですね。
つまり、情報社会と言われるほど情報が溢れ返っている現代においては、純粋な味での「おいしさ」だけが”おいしさ”ではないということで。ある種曖昧なものになってしまった感があるわけです。
“信頼”が「美味しさ」まで決める
では、遡って僕がおにぎり屋当時にブランド米から非ブランド米に変えたことは正解だったのか?それは間違いなく正解でした。常連さんが僕のお店を選んでくれていた理由がそうじゃなかったからです。僕は、「はえぬき」を使っているときも「地元愛媛のお米」に切り替えた時も、なぜこのお米を使っているのかをお伝えしていました。個人経営のお店でしたから、それこそ信頼が大切だと考えていたからです。
お客さん自身も、別に品種がなんでもいいのではなく、僕が自身の考えを基に選んだ品種だから構わないといったところでしょうか。特に常連中の常連さんに関しては強く感じ取れました。僕もこの時は、おにぎり屋として本気度が高かったですから、とにかくお客さんに背信行為をしないことを心掛けていましたしそれが伝わっていたのだと思います。
特に現代は、AIなどで生成されたフェイクものが世に溢れていることもあり、より「信頼」というものが重視されるように感じます。だとすれば、商売をしている立場なら味覚的に「おいしい」だけが選ばれる基準ではなく、信頼している人だからあなたを選ぶという存在になることが大切なように感じます。つまりは信頼が「美味しさ」まで決めてしまうということ。
