おにぎり屋の失敗から学んだこと

2017年7月、それまで6年間歩んできた僕のおにぎり屋人生は幕を閉じました。

経営能力のなかった当時の僕は、個人事業主として独立する前年度の住民税に加え。所得税の滞納・身内に借りたお金・廃業する直近数カ月分に当たる家賃・仕入れ代金などの滞納により、実質的にお店を倒産。

結果的に、多くの関係者を巻き込み廃業させるという最悪のカタチをとってしまったのです。

僕がこのおにぎり屋を倒産させるという失敗から学んだ一番大切なこと。特に、店舗商売では絶対的に守らなければいけないこと。

それは、廃業のタイミングを間違えないことの大切さです。

廃業のタイミングさえ間違えなければ、大事にはなり得ないということを僕は身をもって学んだのです。

借金を繰り返しながら泥沼へ

個人事業主としておにぎり屋を開業したのは2011年8月。満を持してのスタートではなく、店舗経営のノウハウなど何もない状態。何の戦略もないまま友だちや彼女(後の嫁さん)に手伝ってもらいながら、朝から晩まで働く毎日。

店舗の売上だけではやっていけないからと、近所の産直市に惣菜を卸させてもらったり、ありとあらゆることをしながら大して儲けにならないことばかりを2年程続けます。準備していた資金はとっくに底をつき、借金を繰り返しながら泥沼へと続く道に足を踏み入れます。

その間、今の嫁さんとも結婚し元気な長男坊にも恵まれましたが、経済的には決して楽な生活と呼べるものではなく、日々不安な毎日を過ごしていました。

食べるものに関しては、飲食業ということもあって贅沢さえしなければ特に困ることはありませんでしたが。好きな服のひとつも買ってあげることは出来ず、貧乏暇なしの例外なくどこにも遊びに連れて行ってあげることも出来ませんでした。

独立する前には考えもしなかった生活だったので、嫁さんも僕と結婚したことをものすごく後悔していたんじゃないかと思います。

次第にお客さんも来なくなる

おにぎり屋を開業して3年ほど経った頃だったと思います。

あまりにも軌道に乗らなかったので、店舗を営業している片手間で、畑違いのフランチャイズビジネスに手を出したりもしました。もちろん、すべてが鳴かず飛ばずで終わりました。

それからなんとか借金で繋ぎながら、開業から4年程経過したとき。このときは、表面上はおにぎり屋をやってはいましたが、僕の興味はというとインタネット一色で。おにぎり屋の経営のことは二の次になっていました。

インターネットでの商売を学ぶため、度々セミナーにも通うようになり、そうこうしているうちにどんどんおにぎり屋の運営が疎かに。

正直、このとき自分が何をしたいのか分からなくなっていました。思いのほか、インターネットを使った商売からの収入が僅かながらもらえるようになってきたので、「もうおにぎり屋を閉店しよう」そんなふうに思ったりもしました。

けれども、そのタイミングでネットの仕組みが変わりその僅かながらの収入も0になり。結局おにぎり屋を続けていくことになります。

振り返ると、もうこのときはおにぎり屋の経営を続けていくことに何の希望も抱いていなかったかもしれません。「俺は一体何がしたいんや」頭の中はそんなことばかり。「これが俺のやりたかったことなんやろか」毎日悩み続けました。

来店してくれているお客さんにそんな情けない気持ちを悟られまいと、とにかく笑顔でごまかす毎日。

お店の営業が終わるとすぐさま、2階の事務室に籠ってPCをポチポチ。当然そんな状態でおにぎり屋の経営がうまくいくはずもなく、次第にお客さんも来なくなります。

最後の悪あがき

なんなんでしょう。おにぎり屋開業から5年ほどたった頃ですね。そんな状態になってもまだ、自分の中では終わりたくなかったんだと思います。実は、ここから僕自身に変なスイッチが入り最後の悪あがきが始まるのです。

ただし、自分の力だけではどうにもならないということから、コンサルタントの方に診断を要請。その診断結果をもとに、コンサルタントの方と一緒に店舗を改善するための施策を練る。

その施策に対し納得いかない部分もあったものの、それまでの自分のやり方でダメだったのだから専門家に頼ったわけで。自分の素人考えは頭にしまいつつ、早急にその施策を実行し店舗の改善を急ぎました。

「人時売上」という指標を採用し、作業効率を高めるために商品数を減らし、接客オペレーションを見直す。その施策によって売上増加のための余力を確保出来きましたが、その後一気に下降することになりました。嫌な予感がそのまま現実になったと思いましたが、もしかすると改善の予兆かもしれない。ということでそのまま施策を実行し続けました。

ですが、やはり運頼みではダメなわけで。その後改善することがないままその状態に落ち着いてしまったのです。

誤解のないよう言っておきますが、決してこのコンサルタントの方が悪かったと言いたいわけではありません。

自分とは異なる視点で意見を聞けたことはめちゃくちゃ新鮮でありがたかったですし。大手チェーン店仕込みの店舗ストアマネジメントの知識を教えてもらえたことにも感謝しています。その日を境に、本気で事業というものを学ぶきっかけにもなりましたし。責任は自分自身にあったということは自覚していました。

ただ、このときは万策尽きた状態で、その後目の前のおにぎり屋をどうしていけばいいのか全く分からなくなっていたのです。当然、その後行った施策も上手くいくことはなく。自分自身のモチベーションの糸も切れ、結果的に廃業へと向かうことになります。

おにぎり屋を閉店できなかった理由

最後まで働いてくれていたパートさんにもおにぎり屋を閉店する旨を伝え、6年間の営業に終止符を打ち。結局、最終的には積もり積もった借金だけが残りました。

でも、なぜか僕はそのとき、おにぎり屋の経営に失敗した悔しさとかそんなものは一切なく、ただただ安堵していました。

「これでやっと見栄を張らなくてすむ」

実は、僕にとってなかなかおにぎり屋を閉店できなかった理由。それは、ただただ愚かなプライドが邪魔をしていただけだった。振り返るとそのように思います。

このプライドをへし折ってくれたのが・・・このことについては別の記事にてお伝えします。

たしかに、僕がおにぎり屋を失敗した姿を見て情けない奴だと思う人たちはいたかもしれませんが、ハッキリ言って多くの人は僕のことなど誰も気にしない。

仮にそんな人がいたとしても、その後の人生で僕と過ごす機会など限りなく低い。

滞納した仕入れ代金をその場で支払えなかったことは、本当に申し訳なかったし迷惑を掛けてしまったことは事実です。ですが、仕入れ代金をその場で回収できなかった業者さんからしてみても、別に僕のことを悪く思うような人など誰もいませんでした。

普通に考えれば当たり前なことなのに、なぜそんなことに気づけなかったのか。そのことに気づいたとき、僕はなぜか清々しい気持ちになっていました。というより何よりも、おにぎり屋を閉店したことで嫁さんが喜んでくれたことが何よりも可笑しかったです。

この経験は、当時はものすごく精神的に疲れ切っていましたが、振り返ると自分を成長させてくれた貴重な経験です。

「よくあのとき俺を捨てんかったよね」

今となっては、当時の事を嫁さんと笑いながら回想することもあるくらいです。

➤その借入を返せる根拠はあるのですか?

撤退する基準を予め決めていれば

僕の場合、おにぎり屋を廃業して借金を背負いながらも運よく家族が離散することもなくことなく、なんとかやり過ごすことが出来ましたが。

仮に運よく追加で借金が出来ていたとしたら。それこそ、そのままどん底に落ちてしまっていたかもしれません。実際、僕の知り合いでもそのような人生を歩んでしまった方もいます。

当時の経験から学んだことは、資金力もない小さなお店が廃業時のタイミングを間違えてしまえば、どんどん被害が大きくなってしまうということ。

大手の企業のように資金が潤沢にあり、スクラップビルドありきの事業展開が出来るわけでもなし。そもそも、そのような撤退基準も計画されてない個人の小さなおにぎり屋が廃業のタイミングを間違えてしまえば、たちまちおかしな方向に足を踏み入れてしまう。それを肌で実感することが出来たのです。

一方で、愚かなプライドなんて持つ必要などなく。廃業時のタイミングさえ間違わなければ、撤退する基準を予め決めてさえいれば、おおごとな状態にはなり得ないということも同時に学びました。

あとから考えても、

「あのとき廃業しとったら、あんなに借金が増えることもなかったのにな」

「あ~あのとき廃業しとったら、もっと違った人生になってたかもなー」

そう思うこともありました。実際、廃業のタイミングが違っていれば、僕の人生は本当に変わっていたと思います。

世の中には、開業することの華やかさだけがもてはやされていますが、実際には開業することよりも廃業を選択することのほうが、実は経営者としてはるかに重要な決断です。

何かを始めるときには、自分なりの撤退基準を決めておく。そのことが学べただけでも、ある意味おにぎり屋を失敗した価値があったなと。今ではそのように考えています。